Journal of Emergency Medical Services 2025/7/1掲載
外傷性心停止に対する病院到着前の蘇生的開胸術
パーキンズ ZB、グリーンハルグ R、アヴェスト E、他 JAMA Surg. 2025 ; 160:432-440
外傷性心停止(以下:TCA)は、心タンポナーデ、重度の出血、緊張性気胸などと同様に治療可能であり、かつ病気や症状の原因が取り除かれることで、再び健康な状態に戻ることができる。しかし、TCA は通常、病院到着前に発生するため、介入できる時間が非常に短く、その機会を逃してしまうことがよくある。その結果、TCA 患者の生存率は非常に低くなっている。蘇生的開胸術(以下:RT)は、TCAの患者に対する劇的な命を救う可能性のある介入方法であり、通常は病院到着時に実施される。RTの目的は、下行大動脈をクランプすることで、血流量が回復するまでの間、タンポナーデと緊張性気胸の状況を改善し、心臓と脳への残存血流を維持することにある。しかしながら、組織化された外傷センター治療における理想的な状況がそろっていたとしても、RTでの生存率は低く、通常は患者のごく一部しか助からない。本研究の目的は、TCA患者において、病院到着前段階でRTを受けた患者の結果をレビュー、具体的には心停止の持続時間、基礎疾患、および患者状態に基づいて治療結果を分析することにある。
本研究は、ロンドン航空救急サービス(LAA)が1999年から2019年の21年間を対象に行ったレトロスペクティブスタディ である。ロンドン外傷システムは1,000万人を超える人口をカバーする地域ネットワークであり、LAA、ロンドン救急サービス(LAS)、4つの主要外傷センター、および22の小型外傷ユニットから構成されている。LAAは1990年代初頭から、RTでの生存率向上を目的として病院到着前RTを開始した。ここで留意すべき点は、LAAのスタッフはRTの手技を習得した医師で構成されていることである。LAAの主な使命は、外傷患者を迅速に市内の4つの主要外傷センターの1つに搬送しながら、即座な生命維持ケアを提供することにある。提供する医療措置には、全身麻酔、輸血、大動脈の蘇生用バルーン閉塞(REBOA)、およびRTが含まれている。
研究期間中において、LAAは45,647人の外傷患者を治療し、そのうち3,223人がTCAであり、その内601人(1.3%)が病院到着前にRTを実施された。彼らの年齢の中央値は25歳で、大多数(89%)が男性であり、大多数(88%)は穿通性外傷 を合併していた。救急通報からTCAの発症報告までの中央値の時間は20(6-22)分、高度外傷チーム到着までの中央値の時間は20(16-26)分であった。
到着時、481例(80%)は既にTCA状態にあった。救急通報から開胸術までの 中央値の時間は22(17-29)分であった。TCAの根本原因は、105例(18%)が心タンポナーデ、418例(70%)が出血多量、また両者の組み合わせが72例(12%)であった。
研究結果
- TCAからの生存率は、心停止の原因と有意 を示しており、心タンポナーデの場合は明らかに高い生存率を示した(21%対他の原因の1.6%)。
- TCAの持続時間も生存率と有意性があった(1分未満:16%、1~5分:9%、5~10分:2.6%、10分超:0.8%)。
- 生存率は初期の心拍リズムとも関連していることが判明。
- 無脈性電気活動(以下:PEA)の場合は、心停止または終末期心拍リズム(1.8%)に比べて高い生存率(16%)を示した。
- 多変量解析 の結果、TCAの原因、TCAの持続時間、および心内マッサージの必要はがない事は、いずれも生存率の向上と独立して関連していた。
- 全体として、30患者(5%)が退院時に生存していた。そのうち、77%が良好な神経学的結果を示した。
- 心タンポナーデの症状があった患者では、21%が退院時に生存していた。
- TCAが15分以上の場合は生存した患者はいなかった。
- 生存者の初期心拍リズムは、PEA(48%)と心停止/終末期心拍リズム(12%)であった。
- 出血多量で死亡した患者では、病院退院時に生存したのは1.9%のみで、TCA開始後5分を超えて生存した患者はいなかった。
- 生存者全員はPEAであり、初期心拍リズムが心停止または終末期心拍リズムであった生存者はいなかった。
- タンポナーゼと出血多量の組み合わせでTCAを実施した患者では、生存者はいなかった。
本研究の注意点
この研究では、成熟した外傷システムがある事で病院到着前心肺蘇生が実施可能であることを示しており、こうしたシステムは重症外傷患者が助かる希望を示している。しかし、本研究にはいくつかの留意点がある。最も特筆すべき留意点は、LAAがRT訓練を受けた外傷医で構成されている点であり、これはアメリカの医療システムにおける標準的な体制では実施されていない。さらに、ロンドン外傷システムとその病院前救護医療は、非常に組織化され高度に発展しており、世界中の他の地域における目指すべきモデルとして広く評価されている。しかし、今回得られた結果は、他の多くの都市には適用できるものではない。更に、本研究は20年間にわたるデータをもとに行われたものであり、この期間中、外傷医療は著しく進化してきた。そのため、20年前の結果は、現在の医療には適用できない可能性があることにも留意が必要である。また、イギリスの主な穿通性外傷は刺傷によるものであり、一方でアメリカでは銃創によるものである。両者の損傷の程度は大きく異なるため、今回の研究で得られた生存率はアメリカに適用できない可能性がある。
結語
本研究は、世界有数の救急医療機関であるLAAによる興味深い研究である。彼らは、TCAに対する医師主導の病院前救護RTが実施可能であることを示した。ただし、現在のところ、この結果は他の地域に適用できるとは限らない。