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EMSニュース No.108

EMS1 Emergency Medical Services1 2024/4/29掲載

AIで救急医療における地理的格差を埋める

画像認識処理型AIは救急医療の将来に不可欠となる

ユウナ・ナカヤスとダイ・ティンロン-ジョンズ・ホプキンス大学-

真冬、日本の北海道にある静かで孤立した村は、世界中の多くの地方と同じように、厳しい現実にさらされている。その現実とは、一刻を争うときに救急医療サービスを受けられない事である。例えば、佐藤さんのような脳卒中の症状を抱えている高齢の住民にとって、地理的な問題は救命治療を危うくしかねない。

この状況は珍しい事ではなく、特に病院までの距離があることで、救急医療を受診できず、死亡率が高くなることが研究で示されている。この問題をさらに深刻にしているのが、農村部における医療従事者と必要不可欠な診断サービスの不足である。それだけでなく、保険加入状況や収入によって生じる社会的弱者にも大きな医療格差が存在する。
これらの課題の複合的な影響によって生じる救急医療における危険な格差を、AIソリューション1によって解決する事ができる。

次のことを想像してみて下さい。地元の医療スタッフが、携帯式のCT スキャナを使用して、佐藤さんの脳スキャンを迅速に行い、 CT スキャンのデータと佐藤さんのカルテをGPT 4 Vision2を搭載した AI システムに送信する。すると、AI診断システムは、虚血性脳卒中の可能性が高いことを示す。医療スタッフは、神経科医と電話で話し、専門医の評価を確認した後、病院への搬送を手配する。最終的に、近隣の病院や三次医療施設3で血栓を破壊する薬を入手することができる。この過程がAIシステムにより、数分以内で完了する。つまり、ウェアラブル スキャン技術4と AI を組み合わせたシステムによって、地理的格差のある地域でのリアルタイムな救命医療の診断が可能になるのです。

画像認識処理型AIで、より迅速に状況に応じた診断が可能に

医療における AI活用 の利点は、長きにわたり提唱されてきた。ジョンズ・ホプキンス大学で行われている研究では、数多くあるAIの中で、画像認識処理能力を備えた生成 AI の大きな可能性に期待が寄せられている。佐藤さんのような医療弱者の救急医療において、問題解決の鍵となる事を示している。

AIは70 年間進化を続けてきた。初期の段階では、AI は人間の知識を符号化するエキスパート システム5から始まり、構造化データのパターンを検出する機械学習モデル、画像やビデオ内の対象物を認識するコンピューター ビジョン技術など多くの技術革新を経て進化してきた。 そして、最新のAIでは、基礎モデルと生成 AIが導入されているマルチモーダル機能6を備えたAIモデル、つまり音声と視覚、その他の様式を組み合わせて新しいコンテンツを生成できるモデルとなり、大きな進歩を遂げた。この生成AIモデルでは、テキストや画像に限定されていたこれまでの解析アプローチとは異なり、GPT-4 などのモデルに代表される、マルチモーダルな理解と推論を実現した。

画像認識処理型生成AIの有益性

・第一に、数値やカテゴリなどの構造化データのみを処理する機械学習モデルとは異なり、画像認識処理型AI は、医療画像や自然言語などの複雑な非構造化データも分析できる。これにより、これまで時間のかかっていた前処理を必要とせず、CT スキャンデータをそのままの形で読み込ませ、AIに理解させることが可能になった。画像認識処理型AI システムは、画像とテキストをスムーズに統合する事で、意思決定が広範囲なデータソースと様式の解釈を必要とする救急医療の場において、現実的かつ有益な診断を、より速く、より正確に行う事ができる。

・ 第二に、単に物体を検出して分類するだけの従来のコンピューター ビジョン モデルとは異なり、画像認識処理型AI は豊富な推論を行う事ができるため、医療診断と治療の推奨を提示する事が可能になる。 CT スキャンや、その他の医用画像に対する GPT-4 のマルチモーダル機能を使用した進行中の実験では、多くの場合において人間の専門家に匹敵するレベルの精度が確認されている。そのため、大規模な医療データセットに的を絞った調整を行うことで、実際の医療現場への展開を行うための性能をさらに向上させることができる。

・第三に、地方の救急医療に生成 AI システムを導入するコストは、新たな三次医療施設の建設や、包括的な遠隔脳卒中サービスの提供コストと比較すると、かなり低くなる。 GPT-4 Vision に基づいて構築された単一の AI モデルでは、上記施設の建設やサービスと比較して、数十分の1 のコストで複数の地域に、同時かつ効果的にサービスを提供できる。

AIの導入

地方の診療所には、手頃な価格の AI ソフトウェアを導入するために必要なスマートフォンやタブレットなどの既製ハードウェアがすでにある。また、大規模なインフラ投資を行わずに、クラウド経由で AI を使用することも可能である。AI活用による費用は、1回のモデルトレーニングと少額のサービス料のみであり、おそらく都市部の脳卒中センター1カ所の年間予算内で、農村地域全体をカバーできるだろう。また、技術の進化により、コンピューティング コストが急速に低下していく中で、多くの人が最先端の AI へとアクセスする事ができれば、AIの性能が更に向上し、人間の専門知識が、便利で低コストの AI ツールに置き換えられていくだろう。

一方で、画像認識処理型AIの医療現場への導入には、多くの課題とリスクが伴う。大規模なマルチモーダル モデルの AI 活用における倫理とガバナンスに関する最近のWHO 報告書では、これらのテクノロジーが医療にもたらす様々な課題を指摘している。具体的には、ハルシネーション7の可能性を考慮した規制リスクやシステムリスクだけでなく、システム全体の偏り、プライバシーへの懸念、環境への影響まで多岐に渡る。さらに、大手テクノロジー企業の支配や人間の専門知識が損なわれる可能性など、社会的リスクに対処するための厳格な監視と倫理的枠組み構築の必要性についても指摘している。しかし、こうしたリスクがあることを考慮しても、特に農村部や低・中所得国などの地域では、救急医療へのアクセスが限られているという悲惨な状況を打破するために、新たな解決策が必要である。

AIを活用する事で、距離の遠さゆえに発生する医療の緊急事態を心配する必要のない世界を想像することが可能になる。画像認識処理型AIは、救急医療の場において心強い存在となり、信頼できる地元の医療専門家とともに、重要な意思決定をくだす際の一助になる。そうなれば、脳卒中患者の運命は、地理的格差により決まってしまうものではなくなる。

生成 AI を救急医療に統合する取り組みは、単なる技術的な飛躍だけにとどまらない。それは、私たちが抱える医療制度における最も根強い格差の一つに対処する事にもつながる。地方のコミュニティに、「尊厳」と「ケア」と「希望」を与えることが可能になり、どんなに遠くからの助けを求める声であっても、対応する事ができるようになる。画像認識処理型AIの アシスタント機能の活用を通じて、命を救うだけでなく、誰も取り残さないことを約束する、医療システムを構築することができる。

用語説明

  1. 「AI・人工知能」を搭載したソリューション。 AIを活用して問題解決に導くシステムのこと。 ↩︎
  2. OpenAI によって開発された大規模マルチモーダル モデル (LMM) であり、画像を分析し、それらに関する質問に対するテキスト応答を提供するAI。 自然言語処理とビジュアル解釈の両方が組み込まれている。 ↩︎
  3. 高度に専門的あるいは先進的医療を提供する施設。三次医療施設。 日本での区分では特定機能病院のことを指す。 ↩︎
  4. スキャンディバイスを着用した状態で実行できる事。持ち運びできるスキャン ↩︎
  5. 専門家のように推論や判断ができるシステム ↩︎
  6. テキスト・画像・音声・数値など複数の種類を併せていること ↩︎
  7. チャットAIなどが、もっともらしい誤情報(=事実とは異なる内容や、文脈と無関係な内容)を生成することを指す。AIから返答を受け取った人間が「本当かどうか」の判断に困るという問題がある↩︎
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